『プロジェクトヘイルメアリー』
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、未知の生物を描くSFとして非常に面白い作品でした。一方で、ラストの主人公の締めくくり方には少し疑問も残りました。
この小説で最も引き込まれたのは、アストロファージの発見と生態解明のプロセスです。
(以下、物語のネタバレを含みます)
人類滅亡の危機の原因が、単なる事故や陰謀ではなく、太陽のエネルギーを吸収する新種の宇宙生物かもしれないという導入には、SFならではの楽しさが詰まっています。世界の危機を説明する物語であると同時に、「宇宙にはまだこちらの常識では理解できない生物がいる」という驚きが物語の中心に置かれています。
構成面でも、現在の宇宙船のパートと、地球にいた頃の準備段階が交互に進むため読みやすく、主人公が記憶喪失である設定も効果的に機能しています。読者は主人公と同じ速度で状況を理解していけるため、科学的な検証手順の説明が多くても退屈しません。
そのうえで、この作品の強みは、未知の宇宙生物を「完全に異質なもの」として描くだけで終わらない点にあります。たとえば、タウメーバに窒素耐性を持たせるくだりは象徴的でした。単なる問題解決にとどまらず、「宇宙の生物も、地球の生物と進化や生存の原理で連続している」という感覚がうまく表現されています。
この「未知との遭遇」の面白さは、アストロファージだけでなくロッキーとの出会いにも共通しています。まったく環境の異なる相手の言葉や身体の仕組みを段階的に解明していく過程が丁寧に描かれており、異星人を最初から人間的な存在として処理せず、理解が成立するまでの距離感をきちんと踏んでいます。また、ロッキーの星の技術が分野によっては地球より遅れているという非対称さも興味深い点でした。ただし、キセノナイトが最終的にほぼ万能な素材として機能する展開には、少し便利すぎる印象もありました。
もうひとつ気になったのは、タウメーバがキセノナイトをすり抜けるようになる場面です。理屈として理解できる範囲ではあるものの、それまで積み上げてきた問題設定に対して、危機の発生と解決のテンポがやや急ぎ足に感じられました。
そして、最も議論が分かれそうに感じたのはラストの着地です。主人公が最後に異星で学校教師に戻る結末は、美しいまとめ方ではあるものの、主人公の内面の動機としては少し綺麗すぎるように見えました。
作中の主人公は、単純に「他者から認められたい人物」というよりも、「認められないことや失敗して拒絶されることに対して強い恐れを抱えている人物」として描かれています。また、彼を計画へ引き込むストラットは、感情的に寄り添うのではなく、本人が逃げたい方向を塞いで「結局そこに行くしかない」という状況を作る役割を担っています。
そう考えると、地球での主人公が研究の世界を離れて学校教師をしていたのも、純粋に教育だけを選びたかったというより、科学の最前線で傷つくことから距離を置いていた面が大きかったと読めます。
であれば、異星で大きな役割を果たし、すでに十分に認められた存在になったあとに再び学校教師を選ぶのであれば、「競争や承認への恐れから自由になれた結果なのか」、それとも「最も安心できる場所に戻ったのか」がもう少し描かれていると、人物像としてさらに納得感が高まったように思います。
総じて、本作の最大の魅力は主人公の人生の決着以上に、アストロファージやロッキーという未知の生命に対する科学的な想像力と検証プロセスにあります。SFとしての読み応えは間違いなく高い一冊でした。